アウトドアノオトについて


運営者

ナカヤマと申します。私の来歴は下記のとおりです。

生誕から大学まで

1981年12月に東京都三鷹市で生まれました。
保育園の園長である父と、大学教授である母のもとに生まれました。4人兄弟の末っ子です。
はじめて山に登ったのはたしか3歳ごろです。母に背負われて、丹沢を登りました。
登山というのはなんて楽で素晴らしいのだろうと思ったのを覚えています。いや覚えているように思います。
4歳の時に通っていた保育園で、集団登山に行かされました。
富士山の5合目から6合目まで、園長指導のもと、歩かされ登山の過酷さをまざまざと見せつけられ、二度と山などには登らないと誓ったものです。

時は過ぎて高校時分、山岳部の友人とその両親に連れられて、夏に北アルプスの乗鞍岳に行楽に行きました。
車で3000メートルぐらいまで上がれました。登山というのはなんて楽なスポーツだと思いました。
山岳部でいつもキツイキツイ言っている友人が軟弱者に思え、帰宅部レギュラーの私の方が健脚なのではないかと自信をつけたものです。

大学ではワンゲル部に所属。女子部員との破廉恥な関係を期待していたものの、そもそも当時は山に登るのはワイルドな女子だけだったので、願いむなしくむさくるしい部活動に嫌気がさし、入部2ヵ月で退部しました。
その後テニスサークルやフットサルサークルで、ナンパな活動をしようとしたものの、どうも水が合わないためどちらも早々に飽き、孤独に。

爾来、大学生活ではアウトドア活動を一切しない、インドア派に成り下がりました。

社会人になってから

社会人1年目に「東日本アウトドア協議会」を設立。横浜市においてアウトドア活動を孤独に続けながら、時折気の合った友人知人とキャンプなどを楽しむ。のちに離反。解散。

25歳のときに、「アーバンアウトドアくらぶ」を設立。友人5人で登山活動に勤しむ。大学以来の登山で、この年は北海道、九州などの百名山を踏査。
27歳で方向性の違いによりくらぶを解散。

28歳でアウトドア雑誌の編集部に配属。編集者として雑誌制作に携わる。同時に、アウトドアへの情熱が一気に冷める。以後はギアの購入やDIYに力を入れるようになる。

29歳のとき、副業としてアウトドア系WEBメディアの仕事を手伝うようになる。しばらく記事制作などを手伝ったのち、原稿料の安さに辟易して離脱。

30歳のときに「孤独な登山会」を設立。一人で奥多摩や丹沢に登る。活動の中で知り合った登山仲間とアルプスに行くようになる。徐々に登山への情熱が戻る。
雑誌編集部に所属しながら、副業で記事の執筆や編集に携わる。

35歳で出版社を退職。
以後、WEB業界でコンテンツ制作にかかわりながら、緩やかにアウトドア活動を続け、今日にいたる。

以上、上記の経歴はすべて嘘です。