切れ痔でも登山!高尾山・陣馬山縦走





「趣味は登山です」と言いたい!

今年の夏は、まったくもって山とは無縁だった。何をしていたかはすでに覚えていないが山には行かなかった。正味の話、アウトドア活動はほぼ何もしなかった。
暑い夏を暑い都会で、無気力に過ごしていた。
これでは登山が趣味とはいえない。ツイッターやインスタグラムなどでフォローしている、真正の登山好きたちは競い合うように山々の画像をアップしている。自然の中に溶け込むようなこぼれ出る笑顔で、フォロワーたちに幸せなメッセージをこれでもかと言うぐらいに発信している。

これこそが本物のアウトドア派だろう。
私も自他共に認める登山好きだったはずだ。これを取り戻すために、私は山行に出かけた。11月13日のことである。場所は、高尾山。
老いも若きも、ビギナーもベテランも、異人も邦人もすべての人々を受け入れてくれる登山界のユートピアにしてディズニーランドにしてメッカにして渋谷のスクランブル交差点的大混雑にして懐深く万人を受容してくれる駆け込み寺であるところのスーパーミラクルドラゴンスターダーストマウンテンベーシックマウンテン三つ星マウンテンの高尾山。

11月の高尾山は楽園だった

11月11日土曜の朝9時に高尾山口に到着すると、観光客からハイカーまで多くの人々が集まり立錐の余地がないような混雑ぶりだった。
私は妻が出張中だったため、仕方なしに単独行で高尾山をヤルことになった。ルートはこうだ。

高尾山口、高尾山山頂、景信山、陣馬山、藤野駅。

手持ちのマップによると6、7時間とあるが、以前に同ルートを歩いたときはもう少し早く歩けたはずだ。
9時から歩けば、15時には藤野駅に到着できるとふんだ。

天気は快晴で、気温もちょうど良い。空は青く、雲もない。賑わう登山口に人々の幸福な笑顔があふれる。紅葉はまばらだ。数本、葉を紅く染める木々がある。老人たちがカメラを構える。犬を連れた若い女性が、ベンチに腰掛け、愛犬に水を与える。若いパーティが、カンバンの前で記念撮影。リーダー格の女性が、「なんでもやっちゃうツアー」という旗を掲げている。みんなが浮かれている。

以前に2度ほど、高尾山、景信山、神馬山の縦走を経験していた。道のりはだいたいわかる。地図は持った。ドリンクは1リットル。食料もあるし、途中の茶屋の位置も把握している。遭難の心配はなさそうだ。

楽な1号路で山頂を目指す

9時過ぎ、私は「エセ登山好き」の汚名をそそぐために、力強く一歩を踏み出した。
ルートは1号路。一番楽そうなルートを選択させていただいた。いつもは稲荷山ルートをとっていたが、そのコースは一番山々しいので、今回は除外した。高尾山山頂までに疲れてしまう危険性は排除した。経験のなせる業だ。

10時半には山頂に着いた。楽な行程だった。途中、薬王院で僧侶に「天狗の落とし文」なるカードをもらった。何かのイベントだったのだろうか。受け取った名刺大の紙にはこう書かれていた。

「会話は 人と人との心を結ぶ」

けだし、その通りである。これはもしかしたら、LINEなどSNS、メッセージツールへの宗教界からの皮肉かもしれぬ。スマホと会話してないで、生で他者と言葉を交わすことで、心を通わせよということだ。さすれば、争いや感情の行き違い、ねたみや恨みがなくなる。世知辛い世の中。身近な友人知人家族とのつながりだけでも、大事にしたいものである。
最近妻と言葉を交わしていないような気がする。下山したら、会話会話の応酬で、心のつながりを強化しようと心に誓った。もしかしたら身体のつながりも…。

混雑を避けて景信山へ、しかしある問題が…

すぐに景信山方面に歩を進める。混雑をうっちゃるためだ。
奥高尾といわれるエリアに入るとほぼ登山者のみになる。そして「こんにちは」が始まる。高尾山までは観光客ばかりなので、すれ違ったところで、登山の暗黙ルールである挨拶は交わされない。
むしろ、下手に「こんにちは」などと言うと、相手が婦女子、子供だった場合、警察に通報されるリスクもある。万事世知辛い世の中。人とのつながりは極力廃すのが、人生を穏便に過ごすメソッドになってしまった。悲しい限りだ。僧侶のメッセージが心にしみる。

ここまで何の問題もなく、登山を楽しめた。しかし、そこは過酷なアウトドアシーン。ただで済むわけはない。運動不足の中年男性。孤独な歩行。それは一つや二つ困難にもぶつかるというものだ。違和感を感じたのは城山付近だった。

尻の穴に激痛。

痔だった。これ以上ないって言うぐらいの切れ痔っていう。

最近数ヶ月は何の症状もなかったのだが、ここ数週間気温が下がり、その結果乾燥と血行不良でどうも、尻の穴のコンディションが悪い。バッドアスホール。

金曜日の朝に大便をして、調子に乗ってケツを大いに拭き倒したのがいけなかった。ペーパーが赤い鮮血に染まった。女子はそういったものを見慣れているのかもしれないが、男子は駄目だ。血を見ると一気に意気消沈する。死さえも意識する。

城山付近での尻の穴の痛さは、登山中止さえも考えて良いレベルだった。そばにはお母さんも妻もいない。孤独な痔持ちほどに悲惨な人類がいるだろうか。私は木のベンチに腰掛けた。しばらく、ケツと相談した。続けるのか、進むのか。景信山だけヤルのか。神馬山まで行くのか。小仏でエスケープするのか。私は一人涙を流した。ケツの痛さ、孤独、ふがいなさ、不安、焦燥、生のはかなさ。

しばらく間を置いて私は、また歩き出した。痔でも登山!
歩こうと思った。これは私なりの24時間テレビなのだ。限界突破。生きる喜び。全世界の痔持ちへ、自分なりのエール。やるぞ!

困難を抱えながら陣馬山へ

景信山には多くの登山者がいた。外国人のパーティがいた。小学生から高校生ぐらいの若い白人と日本人とのハーフと思われる子たち。子供たちも頑張ってる。異国から、なれない極東の地に流れ着き、力強く生きている。それなのに私は?

たかが痔じゃないか! 進もう。私は彼らから勇気をもらった。そして私も彼らに勇気を与えなくてはならない。ここが頑張り時だ。チョコバーを頬張り、スポーツドリンクを流し込んで、早々に歩き出した。
高尾山から神馬山までは起伏はほとんどない。横ばいにただ、歩く、枯れ草や土の上を軽快に歩いた。静かな杉林の中を歩く。登山者たちに挨拶する。彼らも挨拶を返してくれる。心がつながる。
「こんにちは」
「ちわっ!」
すがすがしいやりとりだ。私は彼らに挨拶するたびに、心の中で小さく付け加える。
「(私は痔です。痔でも登山しています。痔でも高尾山縦走を縦走しています。だから、あなたもあきらめないで!)」

13時過ぎに陣馬山にたどり着いた。
天気は快晴。暖かい日差しが降り注いでいる。草の上に直に座り、遠い山々を眺める。ふと右側を見やると、都会の町並みが広がっている。自然と街と、人々が渾然一体となっている。柔らかな幸福感に包まれている。

私の尻の穴のコンディションも回復基調だ。どうやら血行が促進されたようだ。痛みははい。陣馬の陣は時に、「神」の字を当てるという。神が祝福し、我のケツの穴の痛みを緩和してくれたのだろうか。神は天災を沈め、人々の災いを治める。ならば人一人の尻の穴の傷ぐらいなんなくふさいでくれるはず。
私は神に感謝した。握り飯を二つ食べ、水を飲み、数分間休んだ。そして、藤野駅の方に下山した。

6時間半の歩行の先にあったものとは

藤野に着いたのは15時半だった。9時に出発して、6時間半の歩行だった。休憩時間を除くとだいたい5時間半。途中、ケツのトラブルはあったものの、克己心と神の祝福でなんとかやり抜けた。この山行が私をまた一つ強くした。

そして、今後もまた山に出かけようという気持ちをいっそう強くした。「趣味は登山です」と言うために。下山したら妻と会話しよう。僧侶からの文を取り出す。

「会話は 人と人との心を結ぶ」

やあ、ハニー? 元気かい。僕は痔持ちだよ。痔でも縦走をやり遂げたよ。褒めてくれるかい。またいっしょに山に行こう! そのときは手作りのお弁当を頼むよ。僕はハニーの好きなゆで卵を持って行くよ。ハニー、僕のために、ボラギノールを忘れないでくれよ。LOVE。





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